どうも、こんにちは。
ケミカルエンジニアのこーしです。
記事を読んでいただきありがとうございます。
本日は「プロセス制御の未来」についてまとめてみました。
ここ数年、様々な技術革新があり、特にAIの進展は目を見張るものがありました。
そんな状況において、プロセス制御はどうあるべきかを考えていたところ、腑に落ちたところがあるので現時点の考えをまとめたいと思います。
この話を周囲に話してみたところ、理解できる方とできない方が半々くらいの印象でした。
もし感想があればコメントいただけると非常に嬉しいです!
本記事の内容
- 結論
- 化学プラントと人間の身体
- バイオミメティクス
- 最新の制御技術
- まとめ
この記事を書いた人
こーし(@mimikousi)
目次
結論
まず最初に、結論を書いておきます。
結論
プロセス制御は、ニューラルネットワークを用いて学習したモデルによる自律制御となる
これだけ見ると、「なんだ当たり前じゃないか」と思うかもしれません。
しかし、割と近い未来に我々は制御工学の技術開発を諦め、すべてをニューラルネットワークに委ねることになると考えています。
PID制御はもちろん、ステップ応答モデルやインパルス応答モデル、伝達関数モデルを用いたモデル予測制御もニューラルネットワークを用いて学習したモデルに置き換わるはずです。
ただし、PID制御などの既存の制御が一部残る可能性はあります(徐々に置き換わっていくのでしょう)。
以下、この考えに至った思考を整理してみます。
化学プラントと人間の身体
私は、化学プラントの最終形態は「人間の身体」なのではないかと考えています。
つまり、人間の身体は、移動可能でしかも自律制御している最強の化学プラントであると言えます。
例
- ポンプ:心臓
- 配管:血管
- 冷却水:汗
- 洗浄液:鼻水、涙
- 計装回路:神経系
- 各種センサー:五感(視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚)
- 運転員:脳
など
挙げればキリがありませんが、化学プラントにある装置の上位互換品がほとんど全て人間の身体に備わっています。
超余談ですが、「神経」という言葉は杉田玄白が「解体新書」を訳した際(1774年)に「神気」と「経脈」を合わせた造語をあてたのが由来だそうです。
つまり、神経とは神気の通り経(みち)であるという解釈をしていたようです。
つい最近まで、日本の知識層は人間の身体を「神(宇宙創造主、超科学者)」が創造した至高の逸品と考えていたようですね。
バイオミメティクス
「バイオミメティクス」という言葉は聞いたことがある方が多いと思います。
バイオミメティクスは、生物が持つ優れた構造や機能を模倣し、人間の技術開発に応用する学問や技術分野のことです。
日本語では「生物模倣」とも呼ばれています。
生物模倣の例
- 新幹線の先頭車両(カワセミのくちばし)
- ハスの葉を模倣した撥水加工(ロータス効果)
- ヤモリの足を模倣した強力な接着素材
- サメ肌を模倣した水着や航空機の表面(リブレット構造)
- 蚊の口針を模倣した無痛注射針
生物は長い進化(世代交代)の過程で、エネルギー効率の良い構造、優れた強度、環境適応性などを獲得しています。
こうした自然界の「知恵」を技術開発に活かし、実社会にも取り入れられています。
最新の制御技術
プロセス制御の例ではありませんが、ロボット制御や自動車の自動運転技術の最新情報から、プロセス制御の未来の姿が見えてくるはずです。
四足歩行ロボット(千葉工業大学 fuRo)
YouTubeにロボット制御技術の面白い動画がありましたので紹介します。
(10分と短い切り抜き動画なので時間があるときにぜひ見てみてください!)
【200万再生突破】蹴り飛ばした直後、ロボットがとった行動に現場騒然…(切り抜き動画10分)
ロボット設計に革命の「異世界転生」技術が凄すぎた!ホリエモンが千葉工業大学fuRoを訪問(元動画36分)
動画の概要は下記の通りです。
動画の概要
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中国製の安価なロボット(ハードウェア)を使用し、脳(ソフトウェア)を入れ替えて賢くする研究
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仮想空間に4,096体用意し、色んな試練(階段とか)を与えて訓練(強化学習)させながら2万世代、世代交代させる(時間の流れを速くしてある)
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仮想空間でチート能力を身につけた頭脳(ソフトフェア)を異世界転生させて現実世界のロボット(ハードウェア)にインストールする
【参考記事】仮想で学んで現実に「異世界転生」、生物進化型AIで4脚ロボが環境に適応
このロボット制御技術に使われているのが「ニューラルネットワーク」という脳の神経回路を模倣した機械学習モデルです。
ディープラーニング(深層学習)もニューラルネットワークで構成されています。
また、近年話題の生成AI(例えばChatGPT)に使われているTransformerも、ニューラルネットワークの一種です。
ハードウェアとソフトウェア
上記fuRoのロボット制御技術から、ロボットをハードウェアとソフトウェアに分けて考えてみましょう。
ハードウェア:ロボットの体(頭脳はCPU)
ソフトウェア:ニューラルネットワークを用いて学習したモデル
よって、ハードウェアとソフトウェアの性能を別々に考えないといけません。
化学プラントにおいても、ハードウェアは製造プロセスの装置群であり、サーバー(PC)のCPUが頭脳です。
今後、化学プラントという「体(ハードウェア)」に合ったソフトウェア(ニューラルネットワークを用いて学習したモデル)を開発していかなくてはなりません。
テスラのFSD(運転支援システム)
テスラのFSD(運転支援システム)でも、あらゆる制御工学に則ったプログラムをニューラルネットワークに置き換えることで、30万行のコードを3千行に減らすことができたそうです。
この流れからすると、化学プラントのプロセス制御も今後はニューラルネットワークに置き換わるはずです。
テスラは、ニューラルネットにより運転支援プログラムの30万行のコードを2桁減らした。
化学プラントでも、1990年代からニューラルネットを用いた制御の論文は出ているが、運用には至らず。
自動運転&大量データが存在という点で共通しており、化学プラントでもニューラルネットの活用が進むのか? https://t.co/AHrYAvgZMS— こーし⚡️ケミカルエンジニア (@mimikousi) April 13, 2024
デジタルツイン
fuRoのロボット制御技術では、仮想空間で2万世代も世代交代させながら訓練(強化学習)したモデルを「異世界転生」させて現実世界のロボットにインストールしていました。
化学プラントでも同様に、訓練させるための仮想空間、すなわち「デジタルツイン」を構築する必要があります。
デジタルツインとは?
デジタルツインとは、現実世界にある設備や製品、システムを、仮想空間に忠実に再現したデジタル上の双子(ツイン)のことです。
化学プラントをデジタル上に再現するには、AVEVAのPRO/IIやAspen Plusなどのプロセスシミュレータを用いることができます。
しかし、第一原理(近似や経験的なパラメータを含まない根本となる基本法則)主義であるプロセスシミュレータには下記の問題点があります。
問題点
-
モデルと現実のギャップ
実際の設備の特性や劣化、未知の反応、触媒劣化、汚れ、誤差などがモデルに反映されにくい
完全に第一原理で再現することが難しく、現実との間に差異(偏差)が生じる -
計算負荷の高さ
理論に基づいたシミュレーションは複雑な計算を伴うため、リアルタイムに近い予測や制御への適用が困難
こうした課題を克服するために登場したのが、ニューラルネットワークを活用した補正手法(サロゲートモデル)です。
サロゲートモデル
サロゲートモデルとは、第一原理モデルを近似的に再現するために簡略化したモデルのことを指します。
特に、最近では ニューラルネットワークを用いて構築されることが多くなっています。
サロゲートモデルの構築方法
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プロセスシミュレータ(第一原理モデル)を動かしてデータセットを作成
さまざまな入力条件(温度、圧力、組成、流量など)に対して出力(収率、組成、エネルギー消費量など)を計算 -
実際の運転データを収集
実プラントから得られる運転データを取得し、シミュレータと実データの間に発生する差異(偏差)を明確化 -
ニューラルネットワークを訓練
元モデルの入出力データと実際の運転データとの差異を学習することで、シミュレータの出力を補正する関数を学習 -
サロゲートモデルの完成
第一原理モデルによるシミュレーションの結果に、ニューラルネットワークが推定する補正値を足すことで、実環境での挙動を高精度で予測可能
その他の活用方法
デジタルツインを構築する目的は、ニューラルネットワークを用いたモデルを作成するだけではありません。
デジタルツインの活用方法
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化学プラントの最適運転条件の探索
仮想空間で多様な運転条件をシミュレーションし、エネルギーや原材料消費が最も少なくなるような運転条件を探索可能 - 運転員トレーニングの高度化(安全性向上)
仮想空間で実際のプラント運転状況をリアルに再現できるため、新人教育や熟練者育成の訓練シミュレータとして利用可能
さらに、運転異常やトラブル時の対応策を事前検証し、安全な対応手順の確立が可能 -
触媒劣化や設備老朽化を考慮した運転管理
第一原理モデルでは再現しづらい設備固有の経年劣化を反映して運転管理可能 -
異常検知や予兆検知
現実との偏差が大きい部分を異常として検知し、安全運転の支援に使用可能 - 運転条件の変更や設計段階でのリスク低減
新規設備の導入や既存設備の改造前に、仮想的なシナリオで効果検証が可能
高精度なデジタルツインを構築することができれば、自動運転だけでなく上記のような高度な運転管理が可能になります。
これはあたかも人間における「イメージトレーニング」のようなものであり、無理矢理人間の機能に例えるならば「心」や「意識」の部分に相当するかもしれません。
まとめ
プロセス制御の未来は、「ニューラルネットワークを用いて学習したモデルによる自律制御」となることについて解説してみました。
化学プラントの競争力強化のためには、いかに労力をかけず、高精度なデジタルツインを構築することができるかにかかっているかもしれません。
今後も情報収集しながら技術開発方針について考察をしていきたいと思います!
余談ですが、最近流行の「クラウドリフト」(自社サーバーをクラウド環境に移行すること)が正しい方針なのか少し疑問に感じ始めました。
Apple IntelligenceやCopilot+ PCなど、生成AIもクラウド環境からローカルに移行する流れになっています。
人間の体には必ず脳が装備されていますし、AI(ニューラルネットワーク)を活用するならば、化学プラントもローカルにデータベースと学習モデルを持つのが理に適っているかもしれません。
もちろんバックアップ用データについては、クラウドに保存しておくのは良いと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
もし感想があればコメントいただけると嬉しいです!